駅のホームで僕と彼は、最後の別れをする。
彼は今日、これまでの人生を過ごしてきた町から去っていく。
「いつか、ここから出て行く」
それが僕らが出会った時から今まで、彼が呪文のように唱えていた言葉だ。
この小さな全てにおいて狭く生き苦しい町で、周囲の雑音と戦いながらこれまで過ごしてきた。
でも、もうその必要は無い。だから彼はここから出て行くのだ。
今彼が持っている全財産はポケットにわずかばかりの金の入った財布とパスポート、行き先を決めていないから初乗り運賃の電車のチケット。そして自由、それだけ。
彼は、今まで背負ってきた重い荷物を降ろして、自由に進むことが出来るようになったのだ。
今まで背追って来た荷物とは、この町のしがらみ、家のことや家族のことだったり仕事のことで、そんな様々な物を彼は全て綺麗さっぱり捨てて、ゼロからの出発をするのだ。
それは決して逃げなんかじゃなくて、与えられたものをそのまま自分の物とするのではなく、自分の力で手に入れた物でなければ本物ではないと彼が考えているからだ。
彼が手放そうとしているものは、きっと多くの人にとってはは「勿体無い」と言ってしまうような物なのだろう、僕だって、彼という人間を知らなければそう言っているその他大勢の一人になっているはずだ。でもそれは彼には必要無い物なのだ。
僕らの別れが永遠なのか、ほんの僅かのものなのかは判らないけれれど、昔から僕は彼の口癖を聞くと。
「じゃ、その時は僕が見送ってやるよ」と、答えていた。
だから今、その約束をお互いが果たしているのだ。
「これもってけよ」
僕は財布の中のありったけの札を裸のまま差し出した。
「そんなもん、貰えないって、デート費用にでも使えば良いじゃないか」
困ったように僕の手を押し返す。
「バカ気にするなよ。昨日パチンコで取ったんだからあぶく銭って奴だ。それに、お前がこの金ある間は野垂れ死にしなくても済んでるってこっちも安心できるんだから」
僕はちょっと茶化して言う。
彼にはパチンコで取った金だなんて嘘は見抜かれているだろう、僕にはギャンブルをやる習慣はないし、ギャンブル自体を憎んでいることも彼だけは知っているからだ。
それでも、彼は僕の言葉に納得して。
「じゃ、ありがたく使わせてもらうよ。最後の晩餐の費用にでもさせてもらう」
そんな軽口を叩いて無造作に札をポケットの中にねじ込んだ。
電車が少しずつ近づいてくる、僕らは駅のホームで最後の言葉を交わす。
「じゃあな」
「ああ」
たったこれだけが別れの言葉だ、語ることは語り尽くした僕らにはこれ以上の言葉は見つからないし、必要なかった。
電車が見えなくなるまで見送ると、僕は自分の生きるべき場所へと引き返した。
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